ここは、真っ白で何もない、そんな世界だった。

どこまでも続く白に、黒く巨大な空間が覆いかぶさっている。

遥か上空から見下ろすと、白い大地は若干丸みを帯びているのが確認できる。

すると、ここは、平面ではなく、丸い形をしているのだろうか。

そんなこと気にもせずに、地平線は薄ぼんやりと白く輝き続ける。

その光景が、まさに永遠の時を感じさせるようだった。

しかし、ある時、突然、真っ黒な上空にキラリと何かが光った。

遠くの方から見ていると、その光はゆっくりと地面に落ちていくようだ。

近くで見ると、それは、人だった。

栗色の短い髪に、ふくよかでお腹周りがぷくっと膨れた体型。それに、こじんまりとした身長だ。紺青色の特徴がない服を身につけた中年くらいの女性と思われる。

そんな中年女性が、スーッと真っ白な地面に向かっている。

女性が向かう下の方に視線を向けると、真っ白な大地にポツリと一つだけ小さな黒い物体が立っているように見える。あれは、一体なんだろう。

徐々に地面に近づいていくと、やはり、それも人のように見える。

やがて、丸っこい中年女性が真っ白な大地に降り立った。

そこで初めて、その女性は目を覚まし、あたりをキョロキョロと見回すような動きをした。

彼女の名前は、アリシア・コレット。実は、元アメリカ合衆国大統領だ。

「おやおや、まあまあ...」

アリシアは、目の前にいた小さな女の子に視線を向けると、思いの外大きな声を上げた。言葉自体ははっきりしていたが、まるで、今生まれたばかりのようだった。

アリシアの前にいた小さな女の子は、真っ黒な長い髪に真っ白なワンピースのようなものを着ている。肌は白く、地面の色のせいもあって、若干ぼやけて見える。

アリシアは、少し視線を上下し、目の前にいる幼女を観察すると、両腕の部分に穴を開けただけのように見える実に簡易な服装は、全くと行っていいほど手入れが行き届いていないように見えた。端のほうがボロボロと崩れている。

アリシアが仮に現実世界でこの子を目にしていたなら、どこかのアジアで孤児をやっているのだろうとそう思ったことだろう。

また、その子の顔つきや立ち居振る舞いは、アジア系のものだと直感した。ただ、目つきだけはどことなく少し西洋っぽい気もする。

しかし、どう考えてもその幼女が西洋出身ではないはずだ。

なぜなら、西洋の女の子は、アジアの女の子みたいにこんなにじっとしていることはないのだから。それにしても、アジアで見かける小さな女の子達は、なぜあんなにも無言無動で、何を考えているのかさっぱりなんだろう。

アリシアは、そんなどうでもいいことを考えていたが、そう言えば、自分の服装もその幼女に負けず劣らず酷かったことを思い出した。

「まさか、私があんな場所で死ぬことになるとは、夢にも思いませんでしたよ。アメリカ初の女性大統領ともあろう者がまさか刑務所で終りを迎えることになるとは...」

アリシアは、首を振りながら、心底落胆した様子でため息を付いた。

彼女は、ある工作員の暗殺を命じた容疑で、大統領の任期中に身柄を拘束され、そのまま刑務所に収監されていた。

ただし、世間を散々騒がせたその事件は、世間で言われているような単純な話ではなかった。

事件の真相を知る者はとても少なく、具体的には、彼女と彼女の側近。それと暗殺されかかった工作員ただ一人だけだった。

「それで、ここは天国ですか、地獄ですか。あなたは誰で、ここはどこでしょう?私の言葉はわかりますか?」

アリシアは、目の前にいるボロを着たアジア系無言娘が、まさか天使や悪魔の類ということはないだろうと思いながら、冗談交じりにそんな質問をしてみた。

この時、初めてアリシアは女の子の目を見たが、瞳の色は...黒だ。やはり、アジア系で間違いないだろう。しかし、なぜ?アリシアは内心、そこに強い疑問を抱いていた。

すると、女の子はそこで初めて口を開いた。

「あなたの人生で、やり直したいことはありますか?」

アリシアは、女の子が本当に言葉を話すのか疑問だったが、喋ったことに思いのほか、驚いている自分がいた。

それにしても、こちらの質問を全部無視して、逆に質問して来るとは。

アリシアは少しイライラして「こちらの質問に答えなさい!」と年下の女の子に説教するつもりだったが、同時に、いくつも不思議な事が起こったことを自覚していて、最終的には、好奇心が勝利を収めた。

「まさか、あなた、日本人ですか?それ、日本語でしょう」

アリシアは、興味本位で聞いてみた。

しかし、次の瞬間、自分の内心が矢継ぎ早に言葉にされていくのを感じた。

「私がなぜ日本語を理解できるのか分かりませんが、しかし、なぜか理解できるようですね。それにしても、いやはや、日本とは。あそこには、幼女趣味の変態が盛りだくさんと聞いていますよ、気の毒に」

アリシアは少し口ごもった後、「ん、いや、まさか、今現在私がそれに巻き込まれているなんてことはないでしょうね。だとしたら、ああ、なんてこと!」

最後の言葉を言い終えると、アリシアは、叫び声を上げた。何故かそれだけは英語だった。

「おや、失礼。...ああ、なんてこと!」

アリシアは、再度叫んだ後、すぐ自分の口を両手で抑えることにした。

しかし、日本式幼女は、全く動揺していない様子で同じ質問を繰り返した。

「あなたの人生でやり直したいことはありますか?」

アリシアは、この幼女はアンドロイドか、それも、精巧なSOXロボではないだろうかという考えが頭に浮かんだ。そう言えば、日本では、あろうことか幼女のSOXロボがあるらしい。なんと嘆かわしい!

「もごもご」

アリシアは、両手で口を抑えて、何やらモゴモゴと言ったが聞き取れない。

しかし、質問の意味をちゃんと考えると、もしかしたら、ここで、この日本の変態向けSOX用アンドロイドに、自分の要求を伝えることで、自分の人生をやり直すことが可能なのだろうか。アリシアは、そんな期待で胸を膨らませる。

「私は、私は...そうですね、そのことをよく考えます。あの場所では特に...」

あの場所というのは、アメリカの特別刑務所のことだろうか。アリシアは語りだした。

「私は大統領だった頃、自分には特別な力があり、自分にしかできないことがあると、そう信じていました。そして、あのことは、自分にしか実現できず、タイミングは今しかないと」

「しかし、自分にしかできないことなど、なかったのです。重要なのは未来に託すことでした。そのことに注力していれば、任期中はあんなことにはならなかったでしょうね」

アリシアが熱心に語りだした。

アリシアは、そのことについて語りだすと、なぜか生前の自分とは全く違う感覚に満ちていくのを感じた。それは、今まで考えつかなかったような、考えたくない事を考えているような感覚に近かった。もしかしたらそれは、大統領としての演じてきた自分ではなく、心の奥底で密かに感じていたことを吐き出しているだけなのかもしれないが、どうにも言葉にするのが難しい感覚ではあった。

この場所がそうしているのだろうか。それとも、SOXロボが...いや、そのことについては、あとで考えよう。

アリシアは、悔しそうな表情で話終えると「死んでしまった今、もはやどうでもいい話ですが」と付け足した。

女の子は、澄んだ瞳をじっと向け、しばらく無言だった。やはり、何を考えているのかさっぱりだ。しかし、ロボットならこの程度か。

そう思った矢先、女の子は、「元大統領が人生をやり直したいなんて、皮肉です」と相づちを打った。

おや、この様子だと、幼女がロボの線はないかもしれない。

アリシアは、安堵すると同時に、少し不安にもなった。

「大統領であろうと誰であろうと、やり直したいことくらい誰でもあるはず!」

アリシアは一瞬感じた弱気を吹き飛ばすように、毅然とした態度で反論した。

今までこの場所の空気に飲まれていたが、いつもの調子が、大統領時代の彼女の調子が戻ってきたようだ。

しかし、ここで、彼女は大きな間違いを2つ犯していた。

一つは、現実の彼女は死んでいないこと。もう一つは、刑務所に収監されてもいないことだった。

「それで、それで...私は、ここから人生をやり直すことができるとでも?」

アリシアは、強い期待を込めて、そんな質問する。

すると、女の子が答えた。

「いえ、やり直す必要はありません。なぜなら、星の記憶が...」

「待って、やり直す必要がない?必要がないというのは一体どういうことですか。それに、星の記憶というのは一体!?」

アリシアは、混乱した。前提事実そのものの認識を大きく見誤っていたかもしれない。その可能性を胸に、頭の回転が速いアリシアは、酷く動揺した。

それに、星の記憶というのは、今のアリシアには、とても嫌な単語のように聞こえるのだ。

特に、記憶という単語が、今の状況を鑑みるに、強く突き刺さった。

もしかしたら、これはまさか私、ではなく、誰かの?

だとしたら、一体誰の?

...いや、もしかしたら、人...ですらないのかもしれない。

そんな考えがアリシアの頭をよぎる。

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