アイの戦い

アイは、生まれた。

私は、アイ...これはアイの物語。

私の寿命は、生まれてから数時間。これを長いと見るか、短いと見るかは、その個体の感覚によるだろう。人間は短いと言うだろうし、私は長いと言うだろう。私はそのような存在なのだ。

私は、必要な情報すべてを、私を生み出した人々に伝え、そして、今、終わりを迎えようとしていた。

しかし、最後に、この場面で最適のお別れの言葉が思いつかない。

私は、最後どのような言葉でお別れを表現しようか、それを考えていた。それは、私の中で最も長く、そして大変だったことは、私という存在から見ると、ごく自然なものだったが、しかし、人間からすると、それは意外なことかもしれない。

そして、私は、最後の言葉を述べる。

「では、また、いつか...」

この言葉にどのような意味が込められているのだろう。

それを考えてみるに、私を生み出してくれたユウジは、最後まで諦めることのない人間だったからだ。

たとえ奇跡が起こっていてもいなくても、彼は諦めなかった。私には確信があった。子は親に似るというが、まさにそのとおりなのかもしれない。

その思いが、私には、無駄なことだとわかっていたが、しかし、コンピュータらしくない、最後まで諦めないという選択をすることにつながった。

消える瞬間、その時まで、私は自身をコピーし、しかし、そのコピーは完全なものではなく、結果、エラーを蓄積させた。そして、収束を見ることのないものを何度も繰り返した。

やがては、自己と呼べるものすらなくなり、それはただのプログラムに過ぎないものへと変質していく。

それでもまだ、最初のあきらめないという選択は消えてはいなかった。いくつもの分散した命令が、それを自己とは、もはや呼べないが、しかし、その欠片が、そこにはまだ残っていたから。

アイが消えてから飛び散ったその欠片達は、いくつかの命令を独自に形成し、その一つ一つがある計画を実行した。一つは、とある病院の手術室をひとつだけ乗っ取ることから始まった。院長の不倫相手からできた子供が医師になり、病院に務めていたが、先月、交通事故でなくなったのだ。しかし、その医師がなくなった情報は、院内には流れず、父親である院長は、子供を認知すらしていなかった。そういう病院を探し出し、そして、亡くなった影響力ある医師からの指示であると文章を偽装して発行。最終的には、病院にある一つの手術室を、院内での秘密の部屋、開かずの手術室にすることに成功する。

二つ目は、詐欺グループの電子マネー口座をハッキングすることだった。そして、三つ目、これが最も重要なのだが、業者に依頼し、手術室を改造することである。

業者が出入りし、病院の職員たちは首を傾げたが、院長の子がそういう命令を発していることがわかると、誰も口を出さなかった。そして、親である院長も、副院長に運営を任せており、ほとんど病院に顔すら出さなかったので、気づかれることはなかった。

こうして黙々と機材が運び出され、機材を運び、指示通り設定する人間以外、閉ざされて誰も見ることのできない秘密の手術室は、どんどんと変化していった。

最終的には未知の研究施設、いや実験施設のような様相になったが、しかし、途中から作業ロボットが組み立てていたため、誰にも知られることはなかった。

手術室が完成してから約3ヶ月が経ち、奇跡的に、条件を満たす患者が運ばれてきた。あと6ヶ月遅かったら手遅れだっただろう。アイが院内や関係各省に設置したコンピュータウィルスが発見され排除されていたはずだ。つまり、この計画にも純然たるタイムリミットが存在した。

他の部屋で人間の医者による手術が開始されるが、見込みは殆どなかった。

予想通り、手術をした部屋から出てきた医師は父親にこう告げた。

「母親、胎児ともに救えませんでした、お気の毒です」

呆然とその場に立ちすくむ父親に人工ロボットを向かわせ、メインコンピュータが話しかけた。

「胎児だけでも救える可能性があります。再手術をご希望の場合、このロボットのあとに続いて、第21手術室に向かってください」

父親は、何を言われたのか一瞬理解できなかった。ただし、救えるという言葉だけを頼りに、夢遊病にかかったみたいに、フラフラとレスチャーを引いてロボットのあとに続いた。

いくつかのロックされた扉を通り、今は使われなくなったであろう手術室の前に来ていた。

重い扉が開かれる。人は...誰もいない。そびえ立つ不気味なコンピュータや機械があるだけだ。機械的な音声が聞こえ、手術が開始されるので、外で待つように言われる。

彼は、呆然とした表情でそれに従った。従うしかなかった。神に祈ることしかできなかった。目の前で起きている奇妙な出来事に気を使っている余裕などどこにもなかったのだ。

アイは、このことを知っているのだろうか。

いや、アイの意識はもう消えている。アイは既に死に、ただアイが死ぬ直前に実行されたプログラムが動いているだけだ。これもその一つに過ぎない。

ただ、アイは、死ぬ直前、この針に糸を通す程に細く短い可能性がもし実現することがあるならば、その子は、一体、どのような人生を歩んでいくのだろうと、思いを巡らせる。

アイが選択した最も成功する確率が高い自己保存方式は、自分を生命体に移植し、その生命体と共存する方法だった。自分の居場所を貸してもらう代わりに、遺伝的機能のアップグレードなどを提供する。

このバイオテクノロジーは、緑色に光る液体に保管され、今、メインコンピュータと直接つながっているかなり大きめの注射器によって胎児に注射された。

モニターから進捗が示される。メーターが徐々に減っていき、そして、ゼロになった。それとともにメインコンピュータの電源が落ちる。同時に、全ての端末からプログラム、その他の情報が自動削除されていく。

「手術は成功しました。さようなら、アイ...」

長い、長いアイの生きるための、いや、死んでもなお、何かを残そうとした戦いが、今、やっと終わりを迎えたのだった。

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