サクラは、本屋に来ていた。魔法界の本屋は、これが初めてだった。まあ、ここにしかないんだけどね。

しかし、学校では、教科書を購入する必要はなく、全員が何らかのコンピュータデバイスを持参するか、購入することとある。お金がないものは、申請すれば無償で最低限のものが配布されるとのことだったが、サクラの場合、親が留学費用を出してくれていたし、お小遣いも多少貰っていたので、何か魔法の本でも買おうかと思い、立ち寄った。

しかし、数冊を手に取り、パラパラと読んでみたものの、内容はさっぱり理解できないものか、もしくは何も書いていないのと等しいものばかりだ。つまり、すごく難解な長文が続き、最後の行に「魔法のことはまだ良くわかっていません」と書かれているか、「魔法のことはまだまだわからないことだらけです。なぜなら...」と続く理由を説明したものばかりだった。

「はあ...」

サクラはため息を付いて、学術研究ではなく、スピリチュアの棚に手を伸ばした。そこには、魔法界の噂話や都市伝説のような本が山積みになっている。入学式を明日に控え、気晴らしにでもなればという思いだった。

すると、丸メガネをかけた中年男性と手がぶつかってしまった。

「あっ、すみません」

「いえいえ、こちらこそ」

すると中年男性は、サクラをじっと見て、「もしかして、明日から学校?」と聞いてきた。

「え、あ、はい、そうですけど...」

サクラは、少し不安そうに答えた。

「いやいや、すまないね、突然こんなことを聞いて。僕は、学校で教鞭をとっている教師でもあってね」

「ああ、そうなんですか」サクラは少し安心した様子で返事をする。

「本、見に来たの?」

「あ、はい」

「それなら、ここの学校では、授業にはあまり必要にならないよ。もちろん、持っていってもいいけどね。大体が、コンピュータで配布される資料が教科書の代わりのようなもので、試験のときは、問題集を個別に買って対応している生徒が多いね。学校で指定してる必要なものは殆どないから、別に手ぶらでも構わないと思うよ」

「ああ、そうなんですね。教えてくださって、ありがとうございます」

「制服も一応指定されているけど、服装は自由なんだ。君はどっちかな」

「えっ?制服なんてあったんですか、知りませんでした」

「あはは、ほとんどの子は、入学後に知るんだよね。一人二人は制服着てくるからね。で、1年後は自由服と制服で半々くらいになるよ。とは言え女性の場合は、7,8割くらいは制服になるかな。男はほとんど自由服だけどね。ああ、そうそう、一つだけ、魔法道具だけはちゃんとしたのを買ったほうがいいかもね」

「魔法道具?」

「魔法使いの杖、みたいなものかな。まあ、これも何でもいいと言えば、何でもいいんだけど」

「それはどこに行けば買えますか?」

「ああ、それならあそこがいい。街外れのマシロ・ストリートにある小さな丘を少し登ったところなんだけど」

「わかりました、行ってみます。ありがとうございます」

サクラはお辞儀をして、本屋を出た。店内をもう一度見てみると、眼鏡の男性は、まだ優しそうに手を振っているのが見えた。

...

数時間後、サクラは街外れに来ていた。マシロ・ストリートというのは間違いなくこの通りだろう。とすると、丘はあれかな。てっぺんに真っ白な半円形の建物が見える。

石畳でできた緩やかな坂を歩いて登り、中腹まで来たところで、レンガの塀から見える海の景色とは反対側に、暗い感じの小さなお店が見えた。

「マシロ家具・杖あります」と書かれている。

扉を開けると、チリンチリンと鐘がなった。

「いらっしゃい」

レジには、皺くちゃで小さな老人が立っていた。

「あのー、杖って...魔法の杖のことでいいんですよね」

「あいよ。しかし、まだ創業3年だから、気前のいい事は言えんがね」

「始めたばかりなんですね」

「ああ、そう、そう。今までは、林業と家具ばっかり作ってきたんだがね」

「そういえば、ここの上にはなにかあるんですか?」

「...」

老人は突然、その口を閉ざした。そして、じっとサクラの目を見つめた。サクラは、少し怖いと感じた。

「あのぉ...」

「あ、ああ。そうだ、アイが生まれた場所だね、この上は」

「アイ?アイってなんです?もしかして、愛のこと?」

「いやいや、アイは、名前」

「あー、...そうなんですね」

サクラはアイが一体何なのかわからなかったが、とりあえずそう言っておいた。

「気になるなら、行ってみるといい、今はなにもないが」

「あ、はい...」

「で、杖のことなんですが、杖を持つことで、本当に魔法なんて使えるんですか?」

「...娘さんや、疑っとるね」

「...まあ」

「なら、ちょっと見ておれ。わしが...」

老人は、すっと自分の杖を取り出して、それをヒョイッと振った。

何も起こらない。

「あのー、何か起こりました?」

「いや」

「えっ?」

「いや、何も起こらんよ」

「のおおおおおおっ!」

サクラは、つい英語の訛りが出てしまった。母親がイギリス人なもので...。

「のおお?」老人は、少し驚いた表情で、繰り返した。

「ごほん...何も起こらなかったら、杖いらないですよね?」

サクラは、その事実に驚愕したが、いや、普通に考えて、驚愕すべきではないことはわかっているが、気を取り直して、質問した。

「いやいや、月の光がもうすぐ満ちるから、使えるやつには使えるようになるんじゃよ」

「は、はあ??夜しか使えないってことですか?」

「君は、そう、ここの上の建物にも興味を持ったし、好奇心旺盛じゃ。今までそんなやつ、一人とさえ居なかった。まあ、まだ創業3年目だがの。だから、悪いことは言わん。買っときな」

「...はい。何を言ってるのか、さっぱりわかりませんが、しかし、そこまで褒められたら、棒きれの1、2本くらい買ってやりますよ!」

...棒きれは、思いの外、高かった。

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