魔法のない世界で

ここは、魔法のない世界。けれど、そこは、少し変わった世界だった。

この世界には、不思議な力を使える人が3人いて、それは、ユイちゃんと(小動物だけど)、ユイちゃん(セブンと呼ばれているらしい子)と、そして、ユイちゃんの飼い主だけだった。

サクラは、これまでのことをあまり良く思い出せなかった。だけど、今があればそれでよかった。

私は、ここに来るまでの電車の中、流れていく景色を眺めていた。でも、気がつくと、ここにいて、そして、どうやってここまで来たのか、実はあまり覚えていなかった。

今思うと、この場所は、そういうところだったんだね。

「...サクラ、サクラ」

誰かが私の名前を呼んでいる。

「おい、サクラ。今日はあれを探しに行くんちゃうんか?」

「ああ、そうだった!」サクラは、休日の早朝、ベッドから勢いよく飛び出した。

その後、サクラは、色々な話をこのハリネズミから聞いていた。

その一つが自分の道具を自分で作ることの大切さだ。例の天才らしい飼い主さんは、実はそうやっていたらしい。

彼が住んでいるところには、中央広場に世界樹という大きな樹があって、その人は、世界樹の枝から自分の魔法道具をこしらえたという話だった。

なんでも、彼は歴史の研究をしていて、そういうのが一番だと考えてのことらしいが、サクラはよくわからなかった。しかし、要は、すごい木を見つけて、自分で作れということだと理解した。こと魔法に関しては、自分に合ったものを見つけることが重要らしい。ユイは、この話を服装に例えて、こう言った。「みんな自分に合う服を選ぶやろ。ブカブカやったり、小さすぎるもんを無理やり着てたら、おかしいだけやで」

今日は、すごい木を探す遠足に出かける予定だったのだ。

ハリネズミのユイも最近、自分の仕事が暇になったということで、とても協力的だったし、むしろ、一番やる気だったのかもしれない。

彼が言うには、この閉ざされた世界を監視し、侵入者がいればそれを排除しながら、とても時間がかかるらしい"なんとか魔法"を無事発動するまでを見守るのが彼の仕事らしい。ただし、それが終わっても1件だけとても大切な仕事があるとか言っている。つまり、このハリネズミは、とても忙しいらしい。

しかし、今は、最近よく来るようになった侵入者をこの世界から排除するのが主な仕事とのこと。そこでサクラは、仕事を手伝う代わりに、魔法を教えてくれと条件を出した次第である。

それからの日々は、とても楽しかった。

枝は、ここから離れた丘の上に咲いていた桜の木の下から拾ってきた物を使うことにした。

あとは、それを工具で削ったり、加工したりして、なんとか自分の手に馴染むようなものが完成した。

偶然にも自分と同じ名前を持った木だったのだが、ユイいわく、そういうことも重要らしい。なんでも、意思具現化能力には、人の思い込みによる力が大切で、そういったものが魔法を与えるらしい。

しかし、サクラは、そういうことは、あまり信じていなかった。名前が一緒というだけで、それが一体何に役立つのか、全く理解できなかった。ただ、この杖に桜の木が使われていることは、その心の片隅に置いといても損はないだろう。

それからは、ユイの指導の元、魔法の練習の日々。

最初は全く何にもできなかった。しかし、ユイが手本に見せた色々な魔法を見て、サクラの心は決まった。絶対にやってみせる。一つだけでも使えるようになってみせるって。

それから30日が経った。しかし、サクラは、未だ何の魔法力も発揮しないままだった。

はじめての魔法

ある日、信号待ちをしている親子連れを見かけた。父親と男の子が手をつないでいる。

夏の夕暮れ時、辺りは薄っすらと夜の帳が落ちていくような静かな風景。信号機の赤と緑が印象的に輝いている。

向かい側にいた信号待ちをしている親子を見ていると、手をつないだ子供は、父親に話しかけたあと、ぴょんぴょん跳ねるような仕草をした。

サクラは、なんとなしにポケットに入れた杖の柄を触りながら、信号が変わるのを待った。そして、ずっと前を向いていたが、隣の信号の色が赤に変わったのを感じて、心の中で「えいっ」と唱えると、信号が青になった。

しかし、向かい側にいた親子は、何故か信号を横断せず、子供が飛び出そうとしているのを抑えていた。

あれ、何かが変だ。サクラは思った。

横を見てみると、先程、赤く光ったのは、実は、ビルの屋上にあるライトであり、隣の信号ではなかった。つまり、隣の信号も前の信号も全部青になっている。

サクラの心の中で、大きな風船が、期待が一気に膨らんだ。もしかして、私、今、魔法を使ったのだろうか。そうだ、きっとそうだ。

そして、その時、なぜかはわからないが、魔法なんて簡単なことなんだと思った。サクラは魔法のコツを掴んだのだ。

それを当たり前だと思わなくてはいけなかったんだ!あっちが赤に変わったら、次はこっちが青に変わるのは当然のことだというように。魔法を使えることは、当たり前で普通のことなんだというように。

サクラは、もう一度、ポケットに手を入れて杖の柄をなでながら、心の中で「えいっ!」と唱えた。すると、信号機がもとに戻る。信号機を元に戻したあと、しばらく待つと、普通に青に変わったので、サクラは、横断歩道を歩きだした。前にいた親子とすれ違う。

これが、サクラがはじめて魔法を使った記念すべき瞬間だった。

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