落ちていく魂

ここはまるで、地球のはるか上空、宇宙との境い目のような場所だった。下の方には、白い光が薄っすらと輝いている。その光は、徐々にだが近づいてきているように見えた。

その現実離れした光景は、一瞬、仮想世界かと思ったが、しかし、そのどちらでもないのかもしれない。

そこには、青色の澄んだ瞳と、銀色の長いひげ、真っ黒なローブを着て、長い杖を持った老人が、ぽっかりと浮かんでいる?いや、正確には、下に見える光の玉のほうに、ゆっくりと落ちてゆくのであった。

老人は、少し時間を気にする素振りを見せた。

「もうすぐ、もうすぐじゃと思うがの...」

すると、上の方からスーッと青白い炎が降りてきて、老人が杖を振ると、それは人間の姿になった。その姿が薄っすらと透けているところが、この光景の奇妙さを更に際立たせた。

それは、一人の小男だった。見た目からは、多分、アジア人だろう。髪は禿げかかり、突然の出来事に、キョロキョロ、オドオドしていた。

二人は向かい合い、やがて老人が「こんにちは」と挨拶した。

「おめえさんは、一体...ここはどこかえ。おらは、一体どうなったと言うんじゃ。まさか...まさか...」小男は目の前の老人に話しかけた。

そして、小男は、目の前に平然と立つ長身の老人に、すがりつくような動きを見せた。

しかし、小男の指は、老人の肩をスッと通り抜け、本当の意味で近づくことはできなかった。

「ほっほっほ、わしが居る場所と、あなたがおる場所は、少し違うのでな。話はできるよう調整しておるがの。それが精一杯であり、これでも十分すぎるほどに、苦労したものじゃった。いや、しかし、まずは自己紹介からじゃの」

「わしは、記憶喪失のただの魔法使いじゃ。失礼ではあるが、名前も思い出せん。あなたは?」老人はうやうやしく頭を下げながら自己紹介した。

「おらは、おらは、石田太郎。しかし、おまえさん、おまえさんが、ただの魔法使いだと?おらは、神様か悪魔様かと思ったべ。だって、おらは、おらは...死...」小男はわなわな震えながらそう言い、急に口をつぐんだ。

「...そう、あなたは、死んでいる。病気での」老人は静かに説明する。そして、小男には聞き取れないほど小さな声で「ほとんどは...」と付け加えた。

老人は言葉を続ける。

「...そして、わしは、その僅かな時間を利用し、魂の行く先を見るため、その秘密に近づくために、限界を超えた魔力を使い、ここに来ておる」

「なんとか今の状態を保っておるのでやっとじゃ。ここへの侵入で、その第一号としてお目にかかるのが、あなたじゃった」

「それは、たまたま、まさに偶然、あなたが通りかかったのじゃ。そして、少し話をしようと思っての。わしが便宜上、あなたを具現化した。しかし、時間は限られておるのじゃ」

老人は、話を終えて、また丁寧に頭を下げる。

「は、はあ!?どういうことじゃ?おらが死、死んだ。死んだ!?」太郎が大声で叫んだ。

「そうじゃ。その通り。しかし、わしの力でも、そして、おそらく誰の力でも、今のあなたを助けることはできんし、それは、助けるべきでもないのじゃ。なぜなら...それを今から説明しよう」老人がつぶやいた。

「あなたは、死に、そして、これからは、死後の世界で存在していくことになろう。しかし、案ずることは...」老人がそう言いかけたが、しかし、太郎はまた大声で叫びだした。

「いやじゃあ、嫌じゃ、絶対に認めんぞ。おらは、おらは、まだ死んでないんじゃ。このまま地獄に落ちるなんて、絶対に...た、助けてくれ、助けておくれよおおお!」

しかし、老人は辛抱強く声を張り上げながら、言葉を続ける。

「案ずることはない!なぜなら、あなたは、地獄には落ちないからなのじゃ!」老人は、太郎の声をかき消すように少し声を張り上げて、そう言った。

「は?どういうことじゃ、おらが地獄行きじゃない?そんな、まさか?」太郎は、一瞬で泣き止み、老人の声に耳を傾けた。

「そうじゃ。そして、現世でどれほどの悪行を重ねた人間ですら地獄には行かんよ。なぜなら...」老人は、ここで真実を告げようか、どうしようか少し迷っているような素振りを見せた。

しかし、

「...なぜなら、あなたが今まで生きてきた現世のほうが、地獄だったからじゃ。上を見てごらん。あそこは、あなたが今までいた場所じゃ」老人が空を指して、言った。

そこには、空が広がるのではなく、まさに弧を描く形で地上が広がっていた。

そこからは、たくさんの悲鳴のような音色が不気味に響き渡っている。

反対に、落ちていく先の光からは、ポーウ...ポーウ...という静かな柔らかな音色が聴こえてくる。

「もちろん、これは相対的に見てという話であって、あなたの行き先である、この星の...中心は、地獄というより、むしろ天国のほうが近い。あくまで人間が得られる幸福そのものに換算したらの話じゃが、次元がまるで違う。痛みも苦しみも悲しみもなく、ただ、まにまに漂うふわふわした幸福感があなたを包み込むじゃろう。そして、すべては一つになり、一つに戻るのじゃ。つまり、あなたがこれから行くのは、ようやく現世からの地獄を開放され、天に召されるというほうが適切じゃ。あくまで比喩に過ぎない言い方じゃが」

それを聞くと、太郎は、ケロッと笑顔になった。

しかし、しばらくすると、また太郎はうめき出した。「い、嫌じゃ。おらは、まだ死んでない。生きたい。生きるぞ。一体、どうすればいいんじゃああ!」

「いや、だからの、先程も言うたが、なんで地獄から抜け出したのに、わざわざその地獄に戻ろうとするんじゃ?」

「う、嘘じゃ。おらは、絶対に騙されんぞ!これからどれほど過酷なことが待つことか。嫌じゃ、嫌じゃ。絶対に、絶対に死にたくないいい!!」

「...」

老人は、これは手に負えないなとそう思っていると、どんどんと白い光が大きくなってくるのが見えた。残された時間は少ない。

そう思った矢先、太郎の目が急にうつろになり、今までのことをすべて忘れたかのように、ぼんやりと緩んだ顔になった。

「どうした?何があったのじゃ?」老人は急いで聞いた。

「...もうなんかどうでも良くなっていく気がして...意識が...おらは...おらは...そう、そう。お前さんに、逆に聞くが、おまえさん、なぜ、そんな必死にあそこに、あの地獄にとどまろうとするのかえ?おらにはさっぱり理解できん」太郎がぽかんとした表情で不思議そうに聞いた。先ほどと言ってることがまるで違っている。おそらく、そこら辺にさまよっているたくさんの魂、思念が彼に取り付いて、取り込もうとしているのだと思った。

「わしには、やることがあるのでな。今しばらくは留まる。あの地獄にな...」老人ははっきりとそう言った。

老人は、そうこうしているうちに、白い光の尾がどんどんと迫ってきているのを感じた。

このままでは、自分も飲み込まれてしまうと思い「では、さらばじゃ。また、いつか」と太郎に挨拶して、すぐにそこから離脱した。

太郎は、力ない声で「おう!」とそう言ったあと、大きな光が弧を描く下の方に、スーッと引き込まれ、やがて見えなくなった。

空の柱

「はあ、はあ...」老人は疲れた荒い息をして、雲の上に突き出た巨大な岩山の頂上付近に腰を下ろしていた。

そばには、空っぽの鉢植えが置いてあり、ハリネズミがどっかりと座っていた。

「どうやった?生死の境界は?」ハリネズミが人間の言葉で老人に話しかけた。

「ああ、はあ...はあ...もう少しで、この星の精神重力から帰ってこれないところじゃったわい」老人が言った。

「まあ、重力のようなものであって、重力ではないけどな。しかし、そりゃ、危なかったなあ」ハリネズミが言った。

「その辺は、あの宇宙人、いや、宇宙では星の化身とか、神と呼ばれておる、あのお方に聞いておるからの。わかっておるよ」老人は少し暗い顔をしてそう言った。

「この星にも表と裏の世界があり、表の世界では、我々の肉体は重力で縛り付けられておる。そして、裏の世界では、我々の精神も重力のようなもので縛りつけられておる」

「この星の裏の世界は、見えている光の玉が「精神の集中」と呼ばれ、人の魂、いや、全生命の魂が最終的に還る場所となっておるのじゃ。我々は、そこから生まれ、肉体が死ぬとそこに還る。全ての命はもともと一つじゃった。精神の集中、星の心は、我々が生まれ変わるための元でもあり、魔法の力も、その星の精神エネルギーに関連しておる」と老人は続けた。

「話は変わるが、お主が仮想世界で使っておった、その体はどうじゃ?」老人がハリネズミに聞いた。

「おう、ちょうしええで。動き回れるしな!」ハリネズミが答える。

「ユイの...ああ、セブンの魔力を利用してこそじゃ。わしには、複雑高度な魔法を使えるが、しかし、魔力量が圧倒的に足りないのでの」老人が言った。

「しかし、さっきの男、叫んだり喚いたりで、かなり大変じゃったわい...」老人がつかれた様子で言った。

「今から星に戻るやつのことか?」ハリネズミが聞いた

老人は頷いた。

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